Tuesday, January 24, 2012

南極大陸の乗り物






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どうでもいいこと






南極点からマクマード基地に帰るC-140Hのコックピットの中、、、、。

トップガンと呼んでくれ。"I'll be your wing man"


 南極横断山脈は、いつ見ても壮大で、この日はきれい!




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Monday, January 23, 2012

南極点の日常

南極点の基地は新しく、快適なので、そこで暮らせると思ってやってきたら、幸か不幸か、夏の間のあふれてる人口を収容するためのテントに部屋が割り当てられた(涙)。

朝鮮戦争でアメリカ軍が使った(はい、50年以上前)、TVドラマ「MASH」で有名な、ジェームズウェイと言うテント。ここでは通称サマー・キャンプ。


私のジェームズウェイの入り口。


暖房はもちろん効いていますが、防音がまったくなく、飛行機が飛び立つたびにうるさい。そして狭くて汚くて、憂鬱な室内。トイレが別棟でブーツ、ジャケットをいちいち着なくてはいけない。



狭すぎていまいち室内の写真がうまく取れない。暖かいけど湿度0%。 

ちなみに電気を消して動き回ると、ピンクの毛布に静電気が走り、ぱちぱちと言いながら青白い花火が見れる。うーん、ワイルド。


私のジェームズウェイ入り口から見た基地の建物(裏側)。毎日の通勤路。

基地内での私たちのオフィス。
ここで仕事をしていました。

カフェテリアの食事。冷凍で来る食材しかない割にはとってもおいしい。キャベツやにんじんなど冷凍にむく生野菜は和え物にして出るけど、それ以外、生野菜はない。




この日は、飛行機でオレンジが来たので一人一つ、オレンジが配られる。
  
私の同僚たち。はい、みんな男性。物理なんてこんなもんさ。




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南極点の「すごい!」その5:南極点横断隊の人々

アメリカに無事に戻ってきましたが、まだまだ載せたい写真がいっぱいあるので更新を続けます。

南極点に到着して、高山病が一段落したころ、 「横断隊」が到着した!と言うニュースが基地に入ってきました。南極点横断隊の人たちはマクマード基地から南極点まで、トラックで南極横断山脈を渡ってきます。トラックの後ろにはたくさんのモジュールと呼ばれる荷台を引いてきます。

南極大陸は道路があるわけではないので雪やクレバス、氷河の上を探りながら、運転します。大体の「安全なルート」は前年からわかっているとはいえ、毎年変わる雪や氷河の状況、のぼりのきつさなどを、自ら図りながら前進します。一番前のトラックはクレバスを探知するセンサーがつけられており、狭いクレバスなら気をつけて渡って行くし、大きすぎる場合は爆破して壊し、その上を運転します。ちなみに「大体安全なルート」を確保する場では4年もの試行錯誤が横断隊によって毎年されたそうです。

ほとんどの物資は空輸される南極点の基地ですが、どうしても常に緊張するのは基地にある 燃料の在庫。南極点の基地ではすべての燃料(発電、暖房、乗り物すべて)にジェット・エンジンの燃料が使われます。石油やガソリンは寒すぎて使えないからです。よって、ジェットエンジンの燃料は生命線。いかに夏の間に越冬へ備えての十分の燃料が基地に届けられるかが課題となります。前にも書いたように、飛行機での燃料の空輸は常に行われるのですが、だいたい1ガロンの燃料を運ぶのに2ガロンの燃料が使われます。トラックによる横断隊だと1ガロンの燃料を1ガロンで運ぶことができるのです。よってトラックの一番の荷物はジェット燃料。トラックの後ろに風船のような入れ物に燃料を入れてるくらんだビニールがつながれ、運ばれます。

横断隊のトラック。トラック8台と8人で横断隊で形成されます。要するにみんな運転士。



トラックの正面。とっても大きい!私と比べてみてください。

すごいタイヤ。トラックの故障などもすべて自分たちで修理できるよう、備品なども運びます。吹雪の中での修理はつらかったそうです。(そりゃそうでしょう!)

大体片道、19日でマクマードから南極点へこれるそうです。横断隊は往復任務で、この後、1週間の南極点基地での休憩のあと、横断隊の人たちは再びマクマードへ向けて出発しました。

このように、キャンプカーみたいに 住居モジュールも「そり」をつけて自分たちで引いていきます。‘

住居モジュールの中。結構快適そう。案内してくれた、かっこいい横断隊員のお兄さん。後ろに見える部屋はベッド。二段ベッドが二つ。狭そう。

毎朝、ここでミーティングをして、誰のトラックが何をひいていくかを検討するそうです。大体一つのトラックにつき2,3個のモジュールがつながれます。キツイ坂だと一つ一つのモジュールをトラック二つにつなげて一個一個あげていくそうで 、何度もトラックは往復するそうです。前にも言ったように、ほとんどのモジュールは燃料。

モジュールとモジュールのつなぎ目。「ごみ」(トイレから来る汚染物)などが蓄えられる場所。

そろそろ無事マクマード基地に着いたかな?往復業務、ご苦労様でした。

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Wednesday, January 18, 2012

乞うご期待!

アメリカに戻り次第、まだまだ、南極点での出来事を更新します。たとえば、、、、。


質問:-50C(-60F)ってほんとに寒いの?






答え:ええ、とっても!
基地の地下にある「アイストンネル」にて。詳しくはまた後日。

南極点を去る

まだまだ、南極点で出会った人、面白い発見、すごい冒険など、載せたい写真がいっぱいなのですが、今日、南極点を飛び立って、マクマード基地に戻ってきたので今の心境を忘れる前に書き留めたいと思います。

南極点を去る前夜はまったく寝れませんでした。今まで夜はぐっすり眠れてたのに何でだろう?南極点の生活はお世辞にも快適とはいえませんでした。標高の高さ、酸素の薄さからくる、ちょっとした行動が催す疲労。常に心拍数が高く、息が苦しい。湿度がまったくなく鼻をかむたびに出血し、のどと肌は常にかさかさな上、寒い。どこかへ行く度に着なくてはいけない防寒服の重さ。エネルギー節約のため、一週間に4分しか許されないシャワー。毎日くたくたで、汚くて、不便で、寒くて。人間がいるべきところでないから当たり前と言えば当たり前だけど、文明とシャワーと酸素が豊富なマクマード基地へ帰れるのを実は楽しみにしていました。

今朝は天気があまりよくなく、フライトの心配をしていた上、仕事をまとめ上げなければならず、特別南極点を去ると言うことを考えていませんでした。飛行機が雪の滑走路の上に着陸して、新しく来た人たちが降りて、荷物と燃料が降ろされ、いよいよ私たちが乗る番になりました。(ちなみに南極点へ来る飛行機のほとんどは、できるだけの余分な燃料を積んで、南極点で燃料を落とし、基地は越冬のために備えます)。

同僚の中で私が一番初めに来たので一番はじめに帰ります。みんなが寒い中、お見送りに来てくれました。




すごい経験をみんなでした仲間。お互いのことをさりげなく、でも常に心配しあったみんなと別れるときは涙が出そうになりました。ほとんどの人はあと数ヶ月もすれば、また会えるのになぜかすごい別れのような気がします。一人ひとりとハグして、初めて、「あぁ、私は南極点を去るんだな。もうたぶん二度と戻ってこれない、このすごい場所をあとにするんだなぁ」と実感がわきました。そのとき初めて、最後にもう一度、改めて周りを見渡したのを覚えています。

大変な仕事でも立候補して何度も何度も南極点に来る人たちや南極点が一番落ち着くと言う人たちを知っています。初めてその人たちの気持ちがわかった気がしました。その人たちは南極点というすごい場所にいたい、というよりも、この厳しい場所で一緒に生活するからこそできる仲間意識、戦友との生活が忘れられないんだろうなぁ、と。同僚たちは私が飛行機に乗り込むまで、寒い中、ずっと手を振り続けてくれました。ありがとう。


Tuesday, January 17, 2012

スコット到達100周年

書きたいことはいっぱいあるのですが、なかなか時間がなくて衛星との通信時間も限られているので書ききれません。後日、追加する予定の記事がいっぱいあるのですが、昨日あったことはタイムリーな話題なので、とりあえず書きとめておきます。

昨日はスコットが南極点へ到達してちょうど100年でした。 以前の日記にも書いたように、英国海軍のスコットはライバルのノルウェー人、アムンゼンより数週間遅く、南極点到達を果たします。昨日はそれを記念して南極点で式典が行われました。

100年前の写真。南極点にて。みんな、帰路命を落とす。

100年後の昨日。


式典ではスコットの最後の日記が読み上げられ、今でもそれを聞くとたくさんの人が涙しました。(そしてほほの上やまつげで凍る)。

スコットと隊員たちは衰弱して死にに直面したときでさえ、 30kgほどの科学的目的で採取された岩石を荷物から手放さなかったそうです。(軽くなった荷物のほうが衰弱の進行が遅い)。スコットは日記に、彼らの任務がただ単に南極点到達だけではなく、科学の前進であることをなんども記します。

冒険と科学へ命を捧げた彼らをたたえる式典は、簡単なスピーチと朗読だけでした。基地のキャプテンが「スコットたちが100年前、ここへ来るために通過した苦労は私たちでは想像できないけど、スコットたちも100年後、こんな科学実験のための設備が建つのは想像できなかったであろう。お互い想像のできない状況だけど、お互いの目的は理解しあえる。我々がいかにスコットたちがここへ来たかったかが理解できるし、スコットも我々がこんな厳しい状況でも科学のためにここにとどまるのが理解できると思う。」と延べ、とってもいい式典になりました。

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