Monday, January 9, 2012

南極点には何がある?

南極点そのものには二つの印があります。

ひとつは南極点を公式に記す棒と鏡の球。周りには南極条例に署名したすべての国の国旗が飾られています。


もちろん日本の国旗も。


暖かい日は(と言ってもマイナス24度)帽子なしでもいけちゃいます、、、10分程度なら。


もう一つの印は科学的に正しい南極点を示す棒。これは毎年、南極大陸の上にある氷が少しづつずれるために、その修正を計算に入れた標識。毎年元旦に少しづつ場所を修正します。

後ろに見えるのはアムンゼン・スコット基地の建物。

ちなみに公式な南極点の飾りはそのままで、場所は移動しません。二つの印はお互いの目と鼻の先。でも、百年後には結構な差ができているのでしょうね。

Sunday, January 8, 2012

高山病

南極点は南極大陸の上にありますが、表面の基地や人がいるところと大陸の間には約3300mの氷と雪があります。南極点(とその周り)は標高3300mの平地と言うことになります。さらに南極点の風は横ではなく、斜めに、高台(南極点)から低い地域へと吹くので、事実上の気圧は3300m以上で日によって異なります。今日の気圧は3500mの標高にいるのと一緒。富士山のほぼ頂上で生活していることになります。

さらに山登りなど徐々に高くなっていく標高に体を慣らしていく機会がなく、海抜0メートルのマクマード基地から一気に飛行機でこの標高に来るので約10%の人は高山病にかかります。

初日、胸が押しつぶされそうな病状が発生。でもよくある病状で無理せずしっかり休んでたくさんの水分補給を進められます。2日目はだいぶよくなり、階段を登るとはぁはぁ息が切れるまでに改善しました。ところが三日目、約10メートルほどの距離を起きてすぐ、一番、体内酸素が低いときに走ったのがいけなかったらしくひどい胸痛を感じます。周りにめちゃくちゃ心配をかけながらお医者さんに行くと(南極点の基地には小さなクリニックがあり、医師1名と看護師1名が常駐)、即、酸素機につながれ、血中酸素検査、その他の血液検査、心電図までの検査が行われます(戦場の病院みたいな設備)。すべてに問題がないことがわかってしばらく酸素注入機をつけて休むことを進められます。


結局2日間、睡眠中酸素を送ってくれた機械。周りの酸素を圧縮するタイプ。酸素ボンベに最初はつながれたけど空輸された分しかなく貴重なので私に問題がないとわかった時点でこちらの機械へ移動。

よくおじいちゃんおばあちゃんがつけているやつ。
そのほかには3日分、高い標高に血液を徐々に慣らす薬を処方してもらいました。



South Pole General Hospital(南極総合病院)と冗談で書かれているシールが素敵。
結局、鋭い胸痛があって今日で三日目ですがかなり症状も和らぎ、運動さえしなければ生活に問題がないところまで回復しました。とっても優秀なお医者さんと看護師さんに感謝。

Saturday, January 7, 2012

南極点到着

南極点到着は3日前の1月4日でした(NZ夏季時間)。いままで高山病のせいでブログを書く気になれなかったけど、ようやく標高に慣れてきたのでブログ再開です。南極の標高と病症についてはまた今度。

前日マクマードへブーメランした私たちは予定されていた4日早朝も悪天候のためフライトが延期されていました。いつでも出発できるように、と言われて待機していたら午後2時ごろ出発するとの告知が。急いでまた雪上バスに乗り込みペガサス(マクマードの滑走路)へ。基地からペガサスまでバスで1時間弱かかります。これは滑走路を安定した平らな万年氷の上に設置するため。マクマード基地の回りは山や陸地が隆起していて、周りの氷も安定していません。

今度はフライトが無事に飛び立ってくれました。



南極横断山脈が雲から突き出ている。

またまたコックピットの中ものぞかせてもらいました。女性の方が副操縦士!飛行機の管理、運営はみんな米国空軍の人たちです。



3-4時間ほどして無事、南極点のアムンゼン・スコット基地に到着。


飛行機から出てきたところの私。


これてとってもうれしそう!

Monday, January 2, 2012

ブーメラン

朝早くおきて荷造りをしてフライトセンターへチェックイン。滑走路まで雪上バスで行き南極点域の飛行機へ乗り込みます。





今度の飛行機はC130 HerculesというC130に「そり」をつけたもの。
中は前の輸送機の比べて小さめ。




南極点へ向けて飛び立って15分ぐらいしたら「ペガサス(マクマードにある滑走路)に戻るから座れ」と合図されます。どうやら副パイロット側の窓ガラスにひびが生えたから戻らなければならないとのこと。マクマードに舞い戻り、ほかの飛行機が見つからないため、出発延期。新しい出発予定時刻は明日の朝になります。

このようにいったん飛び立ってまた出発地に戻ることをここでは「ブーメランする」と言います。厳しい気象条件とすぐ変わる天候などの理由でブーメランすることが結構あります。

もう一日マクマードで過ごすことになったので数キロはなれたところにあるニュージーランドの基地、スコット基地へ見学に行きました。


スコット基地は同じ半島の反対側。氷の海岸線沿いにあります。






帰りにマクマードに向けて歩いていたら車に乗せてついでの連れて行ってくれると申し出てくれた優しいスコット基地のドライバー。


スコット基地のカラーはオレンジと黒。マークは白黒のペンギンとNZのトレードマークのシルバーファーンです。

Sunday, January 1, 2012

マクマード基地のいろいろ

高台から見たマクマード基地の前景です。マクマードは氷から突き出た半島にある谷に位置していて常時凍っている氷河が滑り降りてくるところと、夏になるとアイスブレーカという氷を割っていく巨大船が通れる海路がぶつかるところにあります。

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どのアメリカ軍基地にもあるチャペル。各キリスト宗派のミサが行われます。牧師さんも交代で滞在。

南極条例と第二次大戦後のアメリカ軍が行った南極探索および基地設立の任務を記念する碑。南極条例署名国すべての旗が飾ってあります。真ん中は日本とニュージーランドの国旗(単にアルファベット順?)。銅像は基地設立任務に当たった大佐と彼の残した言葉。「南極という大陸を科学目的のみの活動場所として同意し、各国が協力して科学開発していく姿は世界平和につながると信じてこの大陸で活動するすべてのものへ」(超意訳by me)。

氷の上で活動するヘリ部隊。荷物を運輸中。

スコットの小屋

スコットとアムンゼンの南極点到達については以前の日記で書きましたが、マクマード基地はスコットが南極探索へのベース基地として使った場所で、彼が船の碇を下ろした場所でもあります。スコットが1902年の探検で立てた小屋がマクマード基地のすぐ近くに残っています。


南極では建物などの老化は寒さと寄生虫などの虫がいないことでとっても遅く、とても100年前の建物には見えません。木材や釘などすべて船に乗せて運んだもの。

中には当時のまま残されたビスケットやランプの箱、毛布やキッチン道具、冷凍保存されていたであろう羊肉などが置いてあります。(持ち運んだ羊肉やここで狩ったアザラシの肉はビーフジャーキー状態になります)。





ちょっとグロテスクだけど、当時狩ったままのアザラシの死体。


対岸にマクマード基地が見えます。
(まだ暖かかったので余裕の笑顔。この後、風が強くなりフードをかぶって手袋をした手をポケットに入れながら退散。)

岬の先の丘の上にはここで100年以上前に亡くなった者への追悼の十字架が当時立てられたまま。

雪と氷の下は海水です。




南極大陸到着

ニュージーランドのクライストチャーチで極地防寒服が一式渡されます。
一番外に着る防寒ジャケットはUnited States Arctic Programと書かれているバッジに名前つき。

そして、数時間の悪天候による遅れのあと、夜中にC-17という軍運送機で南極大陸の沿岸基地、マクマードに向けて飛び立ちます。

荷台の回りに座る人たち

私の席はこんな感じ。
南極大陸上空になるとC-17のコックピットを覗かしてもらいました。 すごい景色!始めてみる南極大陸はこの景色でした。

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そして!待ちに待った大陸上陸。
始めて南極に足をつけた私とここまで運んできてくれたC-17。「滑走路」にて。
南極横断山脈の始まり

南極点までもう一息。今日はマクマード泊で、明日、天気がよければ南極点へそり付きプロペラ機で飛びます。